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最新刊
『静かなるレボリューション』
 (2013年)Nomad image
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Nomad image 2013年日発売! 小貫雅男/伊藤恵子 著  Nomad image

       グローバル市場原理に抗する

   静かなるレボリューション

      ―自然循環型共生社会への道―

            御茶の水書房

静かなるレボリューション・表紙


A5判、369ページ
定価(本体3,800円+税)



         海図なき時代に贈る
             この一冊


      人類の目指す終点は
      遙かに遠い未来である
      それでも、それをどう描くかによって
      明日からの生き方は決まってくる



静かなるレボリューション・見本







A5判、369ページ
定価(本体3,800円+税)


*ご購入は、最寄りの書店で。
 お急ぎの場合は、
   御茶の水書房
  (TEL:03-5684-0751,
   FAX:03-5684-0753)
 までお問い合わせ下さい。


   21世紀 人々は、大地への回帰と人間復活の 
   高度自然社会への壮大な道を歩み始める。


 週休五日制の「菜園家族」型ワークシェアリングのもと
 家族を、そして地域を基盤に築く
 市場原理に抗する免疫的自律世界
 大地に根ざした精神性豊かな生活世界の創造


要旨にかえて
   〜本書に込められたいくつかのメッセージから〜


   底知れぬ
   深い闇に沈む
   閉塞の時代
   私たちはあまりにも目先の瑣事
   その場凌ぎの処方箋に惑わされ
   そこから一歩も抜け出せずにいる。

   今、私たちにもっとも欠けているものは
   元々あったはずの人間の素朴さであり
   確かな意志をもって
   遠い不確かな未来へ挑む
   精神なのではないか。


騙されても騙されても・・・
 騙されても騙されても、それでもまた繰り返し騙される。人々はそんな不甲斐なさに打ち拉がれ、どうしようもない無力感と政治不信に陥っていく。その一方で、「アベノミクス」なるものの実体のない束の間のつくられた円安・株高に淡い期待を寄せ、浮き足立ち酔い痴れる。
 さんざんそうさせられた挙句に、またもや「選挙」だと言うのである。何とも不条理で不気味な時代に突き進んでいく。

 大胆な「金融緩和」、放漫な「財政出動」(防災に名を借りた大型公共事業の復活)、巨大企業主導の旧態依然たる輸出・外需依存の「成長戦略」。とうに使い古されたこの「三本の矢」で、相も変わらず経済成長を目指すという「アベノミクス」なるもの。
 戦後六十余年におよぶ付けとも言うべき日本社会の構造的破綻の根本原因にはまともに向き合おうともせずに、ただひたすら目先のデフレ・円高脱却、そして景気の回復をと、選挙目当てのその場凌ぎの対症療法を今なお性懲りもなく延々と繰り返す。むしろこのこと自体に、この国の政治と社会の深刻な病弊を見るのである。

今こそパラダイムの転換を
 資本主義経済固有の不確実性と投機性、底知れぬ不安定性。とりわけ人間の飽くなき欲望の究極の化身とも言うべき、今日の市場原理至上主義「拡大成長路線」の虚構性と欺瞞性。そして何よりも目に余る不公正と非人道性、その残虐性は、いずれ克服されなければならない運命にある。

 歴史の大きな流れの一大転換期にあって今まさに必要としているものは、その場凌ぎの処方箋などではない。社会のこの恐るべき構造的破綻の本当の原因がどこにあるのか、その根源的原因の究明と、それに基づく長期展望に立った社会経済構造の深部におよぶ変革に、誠実に挑戦することではないのか。

現代賃金労働者という人間の社会的生存形態
 大地から引き離され、根なし草同然となった現代賃金労働者(サラリーマン)という名の人間の社会的生存形態は、今ではすっかり常識となった。
 こうした中で、人間は自然からますます乖離し、自らがつくり出した社会の制御能力を喪失し、絶えず生活の不安に怯えている。高度に発達した科学技術によって固められた虚構の上に築かれた危うい巨大な社会システム。人間は、自然から遮断されたこのごく限られた、僅かばかりの狭隘できわめて人工的な空間に幽閉され、生来の野性を失い、精神の虚弱化と欲望の肥大化が進行していく。

 今あらためて大自然界の生成・進化の長い歴史のスパンの中に人類史を位置づけ、その中で、18世紀イギリス産業革命を起点とする近代を根本から捉え直し、未来社会を展望するよう迫られている。

近代を超克する21世紀の未来社会論の構築を
 大地への回帰。この素朴とも言うべき哲理こそが、行き場を失い混迷に陥った今日の社会を根本から建て直す指針となるのではないか。
 大地への回帰、これを空想に終わらせることなく、現実のものとするための大切な鍵は何か。
 本書では、近代のはじまりとともに生み出され、長きにわたって社会の基層を構成し、今ではすっかり常識となった賃金労働者という人間の社会的生存形態そのものに着目し、それ自身を根本的に捉え直すことによって、19世紀以来の未来社会論が今日まで不覚にも見過ごしてきた問題を浮き彫りにし、そこから社会構築の新たなる道を探ろうとしている。

 それは、近代の歴史過程で大地から引き離された家族に、生きるに最低限必要な生産手段(農地や生産用具など)を再び取り戻すこと、つまり現代賃金労働者(サラリーマン)と生産手段との「再結合」を果たすことである。これはすなわち、21世紀の新たなる人間の社会的生存形態の創出を意味している。
 これによって、相対的に自給自足度が高く、市場原理に抗する免疫力に優れた「菜園家族」が形成される。それはいまだかつて見ることのなかった、精神性豊かな、慈しみ深い、しかも大地に根ざして生きるおおらかな、素朴で繊細にして強靱な人間の誕生でもある。

暮らしの足もとから未来への芽を育む
 ガンジーはイギリス資本主義の植民地支配と闘う中で、真の独立・自治(スワラージ)は単なる権力の移譲ではなく、インド再生の鍵は農村にあるとし、個人の自立と民族の独立の象徴として紡ぎ車を選び、村落の手仕事の伝統をインド経済の基礎に据え、スワデーシ(地域経済)を復活させようとした。
 今こそこの深い思想の核心を「弱者」のみならず、むしろ先進資本主義国私たち自身の社会に創造的に生かす時に来ているのではないか。

 かつて人々は、現実社会の自らの生産と生活の足もとから未来へつながる小さな芽を慈しみ、一つ一つ育み、しかも自らのためには多くを望まず、ただひたすらその小さな可能性を社会の底から忍耐強く静かに積み上げてきた。人間は、このこと自体に生きがいと喜びを感じてきたのである。本来これこそが、生きるということではなかったのか。
 大地に生きる人間のこの素朴で楽天主義とも思える明るさの中に、明日への希望が見えてくる。これはまさに「静かなるレボリューション」の真髄にほかならない。

自由闊達な対話からはじまる草の根の本物の民主主義
 思えば、長きにわたって人々を愚弄してきた偽りの選挙制度のもとで、私たちは「選挙」だけに頼る「政治」にあまりにも安易に幻想を抱いてきたのではなかったのか。かくも歪められた「政治」のあり方を民主主義と思い込み、この両者を根本から履き違えてきたのではなかったのか。今こそ覚悟を決め、思考停止と「お任せ民主主義」から抜け出さなければならない時に来ている。

 自らの頭で自由に考え、他者を尊重し、ねばり強く対話を重ね、めざすべき21世紀の未来像を共有する。この長期にわたる苦難と試練のプロセスの中からこそ、自らの力量を涵養し、自らの手で、自らの未来を切り開くことができるのである。これこそが民主主義の真髄ではなかったのか。

 長きにわたる閉塞状況から忌まわしい反動の時代へとずるずると急傾斜していく中、それでも怒りを堪え、じっと耳を澄ませば、新しい時代への鼓動が聞こえてくる。たとえそれが幽かであっても、信じたいと思う。そして対話への期待も、その意義も、未来への光もそこに見出したいのである。
 草の根の本物の民主主義の復権、そして21世紀のあるべき未来像をもとめて止まないひたむきな対話の一角に、ささやかながらも本書が加わることができるならば、こんなうれしいことはない。

目次


静かなるレボリューション・表

はしがき ― 解題にかえて (1)

プロローグ ― 東日本大震災から希望の明日へ (17)
   あのときの衝撃を一時の「自粛」に終わらせてはならない (18)
   「原発安全神話」の上に築かれた危うい国 (22)
   誰のための復興構想なのか (23)
   続々と現れる復興への目論見 (26)
   復興構想私案の震源地はここにあり (29)
   財界の意を汲む復興構想の末路 (31)
   21世紀未来像の欠如と地域再生の混迷 ― 上からの「政策」を許す土壌 (36)
   新たな21世紀の未来社会論を求めて ― 本書の目的と構成 (38)

序編 あらためて近代の淵源に立ち返って考える (43)

   今なぜ近代に遡るのか (44)
(1)19世紀イギリスにおける恐慌と新たな時代への胎動 (49)
   世界で初めての恐慌と悪循環 (49)
   人類始原の自然状態 (55)
   自然状態の解体とその論理 (59)
   新しい思想家・実践家の登場 (64)
   ニューハーモニー実験の光と影 (73)
(2)19世紀、思想と理論の到達点 (77)
   資本主義の発展と新たな理論の登場 (77)
   マルクスの経済学研究と『資本論』 (83)
   資本の論理と世界恐慌 (90)
   人類の歴史を貫く根源的思想 (95)
(3)19世紀に到達した未来社会論 (98)
   マルクスの未来社会論 (98)
   導き出された生産手段の「共有化論」、その成立条件 (103)
   今こそ19世紀理論の総括の上に (111)
   マルクス「共有化論」、その限界と欠陥 ― 時代的制約 (114)

本編 21世紀の社会構想
   ― グローバル市場に対峙する免疫的自律世界の形成 (125)

はじめに (126)
   人は明日があるから今日を生きる (126)
   今こそ19世紀未来社会論に代わる私たち自身の21世紀未来社会論を (127)
   新たな歴史観の探究を (129)
   未来社会論に欠かせない「地域研究」の視点
    ― 新たな地域未来学の確立 (132)

第1章 私たちは何とも不思議な時代に生きている (135)
   いのち削り、心病む終わりなき市場競争 (135)
   「二つの輪」が重なる家族が消えた (138)
   高度経済成長以前のわが国の暮らし
    ― かつての森と海を結ぶ流域地域圏 (139)
   森から平野へ移行する暮らしの場 (141)
   歪められ修復不能に陥ったこの国のかたち (143)
   「家族」と「地域」衰退のメカニズム (144)
   再生への鍵 ― 家族と地域を基軸に (146)

第2章 あらためて根源から考える
       ― 人間とは、「家族」とは何か (148)
   「家族」の評価をめぐる歴史的事情 (149)
   人間の個体発生の過程に生物進化の壮大なドラマが (151)
   母胎の中につくられた絶妙な「自然」 (152)
   人間に特有な「家族」誕生の契機 (154)
   「家族」がもつ根源的な意義 (157)
   人間が人間であるために (160)

第3章 菜園家族」構想の基礎 (164) 
   生産手段の分離から「再結合」の道へ
    ―「自然への回帰と止揚」の歴史思想 (165)
   週休五日制のワークシェアリングによる三世代「菜園家族」構想 (168)
   世界に類例を見ないCFP複合社会 ― 史上はじめての試み (173)
   CFP複合社会の特質 (177)
   “菜園家族群落”による日本型農業の再生 ― 高度な労農連携への道 (181)
   農地とワークの一体的シェアリング
    ― 公的「農地バンク」、その果たす役割 (188)
   草の根民主主義熟成の土壌 ― 森と海を結ぶ流域地域圏の再生 (194)

第4章 いのち輝く「菜園家族」― 記憶に甦る原風景から (203)
   ふるさと ― 土の匂い、人の温もり (204)
   甦るものづくりの心、ものづくりの技 (213)
   土が育むもの ― 素朴で強靱にして繊細な心 (217)
   家族小経営の歴史性と生命力 (221)

第5章 「匠商家族」と地方中核都市の形成 (225)
   非農業基盤の家族小経営 ―「匠商家族」 (225)
   「匠商家族」とその協同組織「なりわいとも」 (229)
   「なりわいとも」と森と海を結ぶ流域地域圏の中核都市 (233)
   「なりわいとも」の歴史的意義 (238)
   前近代の基盤の上に築く新たな「協同の思想」 (242)

第6章 高度経済成長の延長線上に起こった3・11の惨禍 (244)
   高度経済成長が地域にもたらしたもの (244)
   今日の歪められた国土構造を誘引し決定づけた『日本列島改造論』 (247)
   『日本列島改造論』の地球版再現は許されない (252)

第7章 自然循環型共生社会へのアプローチ
       ― 1つの具体的提案 (257)
   「菜園家族」の創出は、地球温暖化を食い止める究極の鍵 (260)
   原発のない低炭素社会へ導く究極のメカニズム ― CSSK方式 (262)
   CFP複合社会への移行を促すCSSKメカニズム (263)
   CSSK特定財源による人間本位の新たなる公共的事業 (265)
   本物の自然循環型共生社会をめざして (268)

第8章 脱近代的新階層の台頭と
     資本の自然遡行的分散過程
 (270)
   資本の自己増殖運動と科学技術 (271)
   資本の従属的地位に転落した科学技術、それがもたらしたもの (272)
   GDPの内実を問う ― 経済成長至上主義への疑問 (275)
   資本の自然遡行的分散過程と「菜園家族」の創出 (277)
   新たな科学技術体系の生成・進化と未来社会 (281)

第9章 苦難の時代を生きる (284)
   今こそ「成長神話」の呪縛からの脱却を (286)
   いまだ具現されない“自由・平等・友愛”の理念 (289)
   スモール・イズ・ビューティフル ― 巨大化の道に抗して (295)
   果たして家族と地域の再生は不可能なのか ― 諦念から希望へ (298)
   人々の英知と固い絆と耐える力が地域を変える (304)

第10章 今こそパラダイムの転換を (310)
   未踏の思考領域に活路を探る (310)
   人間の新たな社会的生存形態が、21世紀社会のかたちを決める (313)
   自然界を貫く「適応・調整」の普遍的原理 (315)
   自然法則の現れとしての生命 (319)
   自然界の普遍的原理と21世紀未来社会 (322)
   CFP複合社会を経て高度自然社会へ ― 労働を芸術に高める (326)
   さいごに確認しておきたいいくつかの要諦 (330)
   北国、春を待つ思い (336)

エピローグ ― いのちの思想を現実の世界へ (343)

あとがき (351)

引用・参考文献一覧 (355)

著者紹介


小貫 雅男(おぬき・まさお)
  1935年 中国東北(旧満州)、内モンゴル・鄭家屯生まれ。
  1963年 大阪外国語大学モンゴル語学科卒業。
  1965年 京都大学大学院文学研究科修士課程修了。
  大阪外国語大学教授、滋賀県立大学教授を経て、
  現 在 滋賀県立大学名誉教授、里山研究庵Nomad主宰。
  専 門 モンゴル近現代史、遊牧地域論、地域未来学。
  主 著 『モンゴル現代史』(山川出版社、1993年)
      『森と海を結ぶ菜園家族 ―21世紀の未来社会論―』
          (伊藤との共著、人文書院、2004年)
      『菜園家族物語 ―子どもに伝える未来への夢―』
          (伊藤との共著、日本経済評論社、2006年) など。
  映像作品 『四季・遊牧 ―ツェルゲルの人々―』三部作・全6巻
          (共同制作、大日、1998年)。

伊藤 恵子(いとう・けいこ)
  1971年 岐阜県生まれ。
  1995年 大阪外国語大学モンゴル語学科卒業。
  1997年 同大学大学院外国語学研究科修士課程修了。
  滋賀県立大学人間文化学部非常勤講師を経て、
  現 在 里山研究庵Nomad研究員、
      大阪大学外国語学部および立命館大学経済学部非常勤講師。
  専 門 モンゴル遊牧地域論、日本の地域社会論。
  主論文 「遊牧民家族と地域社会 ―砂漠・山岳の村ツェルゲルの場合―」
          (『人間文化』三号、1997年)
      「脱近代的新階層の台頭と資本の自然遡行的分散過程」
          (『立命館経済学』第61巻第5号)など。
  主 著 『菜園家族21 ―分かちあいの世界へ―』
          (小貫との共著、コモンズ、2008年)など。

書評・紹介・ご感想など


 『グローバル市場原理に抗する 静かなるレボリューション ―自然循環型共生社会への道―』(御茶の水書房、2013年)の書評・紹介・ご感想などは、こちら(2014.2.1更新)Nomad image に順次、掲載してゆきます。
 わが国の現実と風土に根ざした、私たち自身の21世紀未来社会とはいかなるものなのか、そして、そこへ至るより具体的な変革の道筋とはどのようなものなのか・・・。様々な視点から自由闊達に意見交流がなされ、深められてゆくことになればと願っています。

☆みなさんのご感想も、ぜひ、里山研究庵Nomadまでお寄せ下さい。
 お待ちしています!☆

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